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国内販売を終了し、国外専売となってしまった日産マキシマの歴史

日産マキシマは1994年に国内販売を終了し、国外専売となりました。国外での日産マキシマの人気は高く、2015年のニューヨーク国際オートショーで8代目が発表され、「4ドアスポーツカー」としての地位を確立した日産マキシマの歴史を辿ります。

初代日産マキシマ(G910型)

DATSUN 810 MAXIMA

北米で「DATSUN 810 MAXIMA」として販売された車が初代日産マキシマです。

「DATSUN」から「NISSAN」へ

1984年モデルからDATSUNの冠が外れました。

1981年にブルーバード(910型)をベースとした「DATSUN 810 MAXIMA」北米で販売され、1984年のモデルより「DATSUN」から「NISSAN」へ変更され「NISSAN MAXIMA」となりました。これが日産マキシマの初代です。
ブルーバード(910型)搭載されなかった6気筒エンジンでしたが、マキシマは6気筒L24エンジンを搭載していました。

2代目 日産マキシマ(PU11型)

ブルーバード・マキシマ

2代目 日産マキシマは「ブルーバード・マキシマ」として、1984年に日米同時発売されました。
(アメリカでは、マキシマ)

1984 NISSAN BLUEBIRD Ad (HD)

日米同時発売を謳ったブルーバード・マキシマ(2代目日産マキシマ)のCM

2代目日産マキシマは、「ブルーバード・マキシマ」として1984年に日米同時発売されました。(アメリカでは「マキシマ」として発売)
U11系ブルーバードをベースにV型6気筒エンジンや専用グリル、大型バンパーを装備し、駆動方式もFRからFFとなりました。
1987年に車名が「マキシマ」として独立しました。

3代目 日産マキシマ(J30型)

3代目 日産マキシマ(J30型)

3代目日産マキシマは「4ドアスポーツカー」と称されました。

3代目日産マキシマは「4ドアスポーツカー」と称され、1988年に発売されました。
日産車では最初にABS(日産では4WASと呼ばれていた)が搭載されました。
1994年にセフィーロ(現在はティアナ)と統合されて、「マキシマ」は輸出車専用に戻ります。

4代目 日産マキシマ(A32型)

4代目 日産マキシマ(A32型)

4代目 日産マキシマ(A32型)は、北米専用もモデルとして「マキシマ」の名前で登場します。

4代目日産マキシマは、セフィーロの北米専用モデルとして、1994年に登場します。
1995年にモータートレンドの「インポート・カー・オブ・ザ・イヤー1995」を受賞しました。同年に「マキシマQX」として欧州市場にも投入されました。

5代目 日産マキシマ(A33型)

5代目 日産マキシマ(A33型)

ジュネーブモーターショーに欧州向け「マキシマQX」として出品された、5代目日産マキシマ

5代目日産マキシマは、2000年に米国にて販売され、日本仕様であるセフィーロとはフロント・リアのデザインで差別化が図られました・

6代目 日産マキシマ(A34型)

6代目 日産マキシマ(A34型)

北米専用車として北米国際自動車ショーに出展された、6代目日産マキシマ

2003年に北米専用車となった、6代目日産マキシマは、4速AT、5速AT及び6速MTを組み合わせ、北米でのティアナのスポーツモデルでした。
2007年のマイナーチェンジでCVTが装備され、MTは廃止されました。

7代目 日産マキシマ(A35型)

7代目 日産マキシマ(A35型)

北米日産のフラッグシップ車となった、7代目日産マキシマ。

北米日産のフラッグシップ車となった、マキシマの7代目は2008年に発売されました。北米ではフェアレディZが3ドアスポーツカー、マキシマが4ドアスポーツカーの位置づけであったため、ブーメラン形ランプ(フロント・リア)等、デザインの共通化が図られた部分がありました。

8代目 日産マキシマ(A36型)

8代目 日産マキシマ(A36型)

日産の最先端技術が搭載された8代目日産マキシマ

8代目日産マキシマは最先端技術が搭載され、2015年に北米にて発売されました。最先端技術のなかでも、ルノーと共同開発したエンジニアリングアーキテクチャ「CMF」が採用されました。
2015年8月には韓国市場での予約が受付開始となり、11月には中国仕様車が、広州モーターショーで発表されました。

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